エンジニアキャリア:百瀬隆さん (その6 米国経営学大学院時代)

2020年5月3日エンジニアキャリア紹介

百瀬隆さんの技術者人生経験談と教え第6回は、米国経営学大学院時代の奮闘記です。

異なる学問分野への不安

「技術者である私が、経営学など理解できるのだろうか?」米国の大学院入学の前に、私は不安を感じ始めた。今まで、経営学を学んだこともないし、基礎知識もない。しかも言葉の壁がある。 数ヶ月間語学学校で学んだが、まだリスニングは充分でなかった。たとえそんな状態であっても大学院での生活が始まる。いったいどうすればよいのだろうか。

ビジネスプログラム始まる

5月末、ボストンでの語学研修を終えた私は、 イリノイ州へと向かった。その途中の風景は、陸上で地平線が見えるくらいに真平であり、そこにコーン畑が延々と続いていた。夕日が沈むときには一斉にそのコーン畑が照り輝き、まさに大地という印象を受けた。私が入学するイリノイ州立大学は、そんなコーン畑に囲まれた学園都市の中にあった。

私が受けたビジネスプログラムは、日本の経済団体とイリノイ州立大学が協力して開設したものであった。大学院で1年間経営学の授業を受けて単位を取得するとともに、特別授業や会社訪問などを通じて実際のビジネスの現場にも触れられるようにプログラムが組まれていた。修士の学位は取得できないが、プログラムの修了証が発行される。

このプログラムには、日本企業からは14名の参加者があった。大半は企画、経理、営業の出身者で、技術者は私を含め、わずか2名であった。参加者の一人は、このプログラムを受けるために、社内公募に応募し、約200名の応募者の中から1名だけ選ばれたとのことであった。その選考にあたって、語学力とともに経営学を学ぶ基礎があるかが判断されたことはいうまでもない。技術者の参加者が少なかったのは、おそらく最初から選考の対象外とされたのではなく、文系出身者との競争において勝てなかったためであろう。

もし私がその会社の社員であったとしたら、語学力が劣り、経営学の基礎ができていないので、とても留学生として選ばれることはなかったであろう。私が所属した会社は、全社員で50名程度であったので、ほとんど競争がない状態で選ばれた。このように、技術者として経営学を学ぶ機会が与えられたことは、非常に恵まれていたといえる。しかし、そのことに気がついたのは、留学を終えて一段落ついてからであった。留学当初は、馴染みのない経営学をいかにに学ぶか、それで頭が一杯だったからである。

授業での悪戦苦闘

8月から大学院での講義が始まった。私の場合、受講する科目を多くすると消化不良となる可能性があったので、会計学、マーケティング、ビジネスコミュニケーションに絞った。米国の大学では、授業の設計がよくなされており、ボリュームもある。そのため、学生も真剣にならないとよい評価が得るのはもちろん、単位を取ることも難しかった。私が最も苦手とした会計学ではどうだったのだろうか。

授業の初日は、教授からシラバスを用いて授業の進め方について説明があった。シラバスというのは、授業の日程、おのおの授業で取扱う課題、予習の範囲、議論するケースの範囲などが一覧表になったものである。シラバスを見れば、その授業のコンセプトや授業方法がわかるので、教授にとっても学生にとっても非常に重要なツールとなる。日本の大学でもシラバスはあったが、このように綿密なものを見るのは初めてであった。

2回目では、会社の財産状態をするためのバランスシート(貸借対照表)に関する授業が行われた。教科書の予習の範囲は約50ページであり、状況設定と設問からなるケースについての準備を行う必要があった。私は、もともと会計学の知識を全く持っていなかったので、まずは教科書をじっくり読んでその内容を把握することに努めた。幸い、教科書を順に読んでゆけば、会計学の知識がなくても理解できた。それは、米国では経営学の修士課程は専門職大学院として位置づけられており、技術系を含め学部の専攻が異なる種々の学生でも理解できるように教科書が書かれてあるからである。ケーススタディーの準備には時間がかかるが、教科書で得た知識を応用すればなんとか準備できた。この授業の準備だけでも5時間ぐらいかけた。

問題は実際の授業であった。教授が説明する部分は、事前に教科書を読んでいけばおおよそ理解ができた。しかしケースの議論に移ると、教授と学生が活発に議論するので話しの筋が読めず、ほとんど理解ができなかった。 かろうじて教授が黒板に書いたことから内容を類推するしかなかった。こういう調子で半年間授業を受け続け、約900ページの会計学の教科書を読み、ケーススタディーも一通りこなし、2回の試験を受けて、ようやく単位を取ることができた。今では、その内容について詳細は覚えていないが、ぼろぼろになったその教科書から、当時いかに悪戦苦闘したかをうかがい知ることができる。

米国の学生はなぜよく勉強するのか?

授業にもなれ精神的に余裕がでてきたころ、ようやく周囲の様子が見えるようになってきた。まず感じたことは、各授業でいつもある種の緊張感がただよっていたことだ。日本の授業風景と大きく異なり、寝ている学生は一人もいない。米国の学生は時間を惜しまず予習を行い、ケ−スに対して自分なりの意見を準備している。それは、通常図書館が夜10時ごろまで開いており、学生がそこで勉強するために学習机を奪い合っている状況からもうかがい知れる。そこまで準備して授業に臨むので、授業中寝ることは到底考えられないことである。

一方、教授は講義とともに、ケーススタディーを通して学生との対話の機会を授業に盛込んでいた。教授は学生が考えた解決策に対して、複数の視点から物事を見るように促した。それに対して別の学生が違った観点からの解決策を投げかけ、またそれに対して教授がコメントするということで授業が進められる。その過程で、学生は物事の本質をいかにつかむかについてその方法を体得する。このように授業では対話が重要な役割を果していた。ときどきジョークが飛び交い一見和やかに見えるのであるが、実は教授と学生の真剣勝負が行われており、それが緊張感の源となっていた。

「それにしても米国の学生はなぜよく勉強するのだろう。」そんなことを感じていたある日、同じクラスの米国人のJさんと雑談する機会があった。彼はもともとほかの大学で化学を専攻し、卒業後化学会社に勤めたという経験を持っていた。米国では、学部卒であると、正規の研究員ではなく、実験補助員として扱われるのが普通である。彼もその例外ではなく、その会社では分析技術者として働いていた。しかし、数年働いてみて、開発マネージャーとして働きたいと思うようになり、その会社をやめて大学院に入ったとのことであった。おそらく彼は、経営学修士号を得たのち、希望するポジションを得るべく働きかけをするのであろう。

実は、クラスではJさんのようにすでに働いた経験のある学生が大半であった。働きながら大学院にいくための資金を貯え、そしてキャリア・アップを図るために、大学院に学びに来ているのである。そのような学生にとっては、将来専門家として働くために、必要な能力や知識を得ようと身銭を払って授業を受けているのである。そんな背景を知ると、米国の学生がなぜ真剣に勉強するかが少しずつ理解できるようになった。今まで、私にはそのような感覚はなかったので、目からウロコが落ちる思いであった。

経営学から何を学んだのか?

技術者である私がこのプログラムを通して得たものは何であろうか。留学する前は、経営学がどのようなものかまったくわからなかった。さらに、「技術者がなぜ経営学を学ばないといけないのか?」という疑問が心の中にあった。むしろ、留学であれば技術系の大学で研究する機会を望んでいた。そんな私が、このプロブラムを受けてよかったと感じたことは、会社を一つの生き物(組織体)とみて、その経営状態や会社を発展させるためにどのような方策を取るのか考える、そういった視点を得たことにある。

留学したとき私は30歳であり、 会社に勤めて6年たっていた。それまで自分の研究テーマをどのように展開するかについては考えてきたが、会社にとってそのテーマがどのような位置づけにあり、どのような意味をもつかを考えてみたことはなかった。 研究も会社の活動の一つである以上、当然考える必要があるが、どうもその視点が欠落していたのである。そういったことを改めて自覚させられた。

さらに、米国において専門家がどのようにキャリア・アップを行うのかを身近にみることができた。専門家として、自分の望むポジションを得て、納得のいく仕事をしていくためには、それに必要な能力や知識を獲得し続けなければならないのである。しかし、一方で日本ではそんなことができるのだろうかとの疑問も湧いてきた。その当時は今ほど社会人大学院が充実しておらず、働きながら学校で学ぶのは難しい状況であったからである。

留学のために日本を出発してから1年数数ヶ月後、家族とともに日本に帰国することになった。大学という自由な環境から束縛の多い日本社会への復帰である。東京に向かう飛行機の中で、私自身、専門家として今後どのように生きて行くのか思いを馳せながら帰国の途についた。

大学院での会話についていくのは大変だった

出典:「現代化学」(東京化学同人)2005年9月号

百瀬隆さんのエンジニアキャリア全10回
その1 高専入学から大学編入まで
その2 大学院時代
その3 大学院卒業と就職
その4 就職と研究所出向
その5 米国留学への挑戦
その6 米国経営学大学院時代
その7 博士取得への挑戦
その8 転職
その9 管理系職種への転向
その10 まとめと振り返り

技術者は汎用の能力を身に着けておく

2020年3月10日エンジニアのキャリアデザイン

技術者は技術者ですから、例え入社1年目でもそれ相応の専門技術を必ず持っています。これが全く無いようなら論外ですので、この先を読む必要はありません。まずは自分の核となる技術を習得してください。

しかし、それで良かれとしている技術者は、今後のキャリアに不安を残します。転職独立する時はもちろんのこと、同一企業内でキャリアを積む場合でも、固有技術のスキルアップと並行して、汎用的な知識、スキルを習得しておくことを勧めます。昔は傘張りや豆腐作りなど一つの専門性で一生生きてゆくことができました。技術の進歩、社会進歩の速度が今よりもずっと遅かったのです。しかし業界にもよりますが、現在は技術がどんどん新しく、複雑に変化、進展してゆくために、10年毎に新たな学びが必要と言われます。

本稿で扱う汎用スキルとは、技術分野に関わらずどの分野でも通用する能力という意味ですから、時代が変化しても比較的長く使うことができます。たとえば次のようなものです。

  • 英語:産業の国際化は止まりません。今後自動翻訳/通訳ツールが進化するにしても、海外と直接コミュニケーションできることには依然大きな価値があります。使わないと進歩しないので、海外駐在や頻繁な出張機会があれば最も良いのですが、近年はITを使って活きた英語を学習するサービスも普及しています。またこれからは英語でなく中国語が有効なシーンも増えてくるでしょう。
  • プレゼン力:考えている事が正しいのは大前提で、それを上手に伝えることはそれ以上に重要です。プレゼン資料の作り方のイロハは、参考書などで習得し、ビデオ撮影するなどして改善していきましょう。
  • アイデア創出力、企画力:どんな業務でもちょっとした工夫、改善が大きな差を生み出します。今後は今以上に新しいアイデアが求められるでしょう。活動分野が変わっても通用する発想方法を習得しておけば、異動、転職が怖くありません。
  • ロバスト設計力:設計に固有技術が必要なのは当然ですが、効率よく「良い」設計をするためには、仕様設定、製品設計の方法論を身に着けておくと心強いものです。お客様要求を製品仕様に反映するQFD(品質機能展開)、安定した特性を設計で実現するタグチメソッドなどがそれに相当します。製品が何であれ、外乱/内乱に対して安定的な設計法は価値があります。
  • ITツール:事務や設計、生産の効率を挙げる各種のITシステムで、典型的なのはCADやCAEです。今後も急激に進化してゆくと思われ、他者よりも早く上手に使いこなすことで差をつけることが可能になります。
  • 技術経営:技術者のキャリアが管理職、経営職に進んでいくと、どうしても経営のスキルが重要になります。戦略、マーケティング、テーマ管理など以外に、組織、知財、財務、プロジェクトマネジメントなどの体系は、専門分野が変わっても役立つでしょう。

これら汎用スキルの知識体系はあなたの企業内教育で学ぶ機会もあるかもしれませんが、近年は大学の社会人コース、社外教育機関、書籍、教材、通信教育、Web講座など多彩な学習手段が用意されています。自分に適した方法で学習しましょう。

私は53歳で企業から独立した後、2つの大学院を修了し、1000冊の書籍を購入しましたから、その費用は直接支払った分だけでも500万円を超えていますが、その効果はこれからも一生続き、この投資は数倍から数十倍になって戻ってくると思われます。仮にリターンがなかったとしても社会に出てからの自律的な学びは、本当に楽しく、かつ実になるものでした。私の後悔は、もっと早く30代、40代に自分へ教育投資していたら、このリターンはさらに長期に渡って享受できただろうという点です。

専門技術を磨くことも大事で尊いものですが、どこでキャリアが変化して培ってきた固有技術が一晩で役に立たなくなる事態にも備えて、汎用技術も鍛えておきましょう。

エンジニアの資格3:技術経営修士(専門職) MOT

2020年2月11日エンジニアのキャリアデザイン, 技術経営(MOT)

技術経営修士(専門職)とは

技術経営修士(専門職)、通称MOT (Management of Technology)を一言で言えば、技術者向けのMBA (Management of Business Administration)教育課程です。技術者のほとんどは大学の工学部を卒業しているわけで、技術に関しては一通りの知識を学んでいるものの、その技術をどのように事業化するかを学んでいないことがほとんどです。

企業内技術部門でのキャリアを積んで、リーダー、課長、部長、事業部長と昇進するにつれて必要に迫られて開発テーマ管理、原価計算やら、財務分析やらをオンジョブで覚えていくのが一般的です。もちろんしっかりした大手企業では、そういった事業化の原理原則や考え方を社内教育してくれますが、事業化教育を網羅的、体系的に教育してくれる会社はごく少数です。

 

技術経営(MOT)教育の歴史

そもそも技術経営(Management of Technology: MOT)という言葉を使い始めたのは米国であり、1962年にMITのE.ロバーツ教授らが「Management of Science and Technology」という研究分野を作り、1981年にMITスローンスクールに「技術を市場化する」目的でMOTのコースを設置したのが起源と言われます。1970-80年代に高度成長する日本に打ちのめされ停滞する米国で、技術経営の重要性に対する認識が高まり、スタンフォード大学ビジネススクールがMOT講座を開設すると、1990年代にその動きは全米に広まり、1999年には講座開設大学が247校を数えるまでに増え、その後の米国産業の復活をイノベーション、起業面から支えたと言われています。

 

日本の技術経営(MOT)教育

米国の動きを見守っていた日本でしたが、バブル崩壊によって今度は自国の産業が低迷することとなった21世紀に入り、これを打開するためにMOT教育機関を創設する機運が高まりました。2003年の芝浦工業大学「工学マネジメント研究科」を皮切りに「専門職大学院」が開設され、その後5年ほどで45校ほどになったのです。

技術の市場化、価値化を進めるための考え方や、方法論を学ぶことで、経営の分かる技術者を育てようというコンセプトは共通ですが、カリキュラムはイノベーション、リスクマネジメント、産学連携、中小企業経営、知財、環境など、大学によって力を入れる分野に特色があります。

 

技術経営(MOT)教育の課題

21世紀の製造業を牽引すべく期待されたMOT教育でしたが、本家の米国ではMBAとの差異化が難しく、再びMBA教育プログラムの一部として組み込まれる傾向にあります。日本のMOT教育は工学的志向が強くて就学者のほとんどが技術者という傾向にあり、米国では製造業の経営に特化したビジネススクールだったMOTとは違うポジションになっています。

そもそも上場企業の上級管理職におけるMBA取得者が米国で40%程度であるのに対し、日本ではMBA以外の大学院修了者を加えても6%に満たず、経営における体系的な知識や論理的思考が重視されていません。現にMBAやMOT修了者が必ずしも日本の企業内経営分野で重用される機会を得ていないという報告もあり、志願数が伸び悩み募集を停止するMOTすら出てきています。

MOT修了生の一人である私としては残念ですが、製造業に限らず日本の企業が論理ではなく、やや情緒的に運営されている例は多く目にしており、すぐに変わることはないでしょう。また有名ビジネススクールはそこで得られる知識というよりも、入学の難関を突破し、またいずれ著名企業の幹部となる確率の高い同級生、同窓生たちと親密な関係性を築けることも大きな価値です。日本国内でそれに相当するMOTクラスは現時点でほとんど見当たらず、私のような修了生が実績をあげてその歴史を作っていく使命を負っています。

 

技術経営(MOT)教育への提言

多様な経営手法、事例を知り、演習経験を積むことが、技術者にとってプラスであることは間違いなく、技術経営は単独の研究分野あるいはCTOへの近道というよりも、技術者を目指すすべての人材が習得すべき基本的リテラシーであるべきと私は考えます。自分の学生時代を振り返ると、工学部に進学した時点で「技術」への関心は高いものの、「技術経営」については重要性どころか存在すら知りませんでした。ほとんどの学生が同様でしょう。単に製品設計や技術開発ができるだけでなく、それを効果的に社会価値に変換し企業に利益をもたらすために、工学部の2年から3年にかけて、経営工学の方法論も取り入れた4~8単位の技術経営講義を必修にすることを提案したいものです。

一方で技術経営を全く知らない企業内技術者に対する教育制度の充実も重要です。技術系部署の管理職、責任者あるいは将来の候補に対して社内教育を整備するか、社外で学ばせるかの取り組みを進めて欲しいものです。