エンジニアキャリア:百瀬隆さん(その1 高専入学から大学編入まで)

2020年4月26日エンジニアキャリア紹介
百瀬隆さん

百瀬隆さんは大手化学メーカーのダイセルで知的財産センター長を勤め上げた後、金沢工業大学大学院で客員教授をされていますが、キャリアプランに対して若い技術者に伝えたいことを、ご自分の経験を踏まえて2005年に雑誌「現代化学」(東京化学同人)に連載しました。非常に参考になるお話であり、ご本人ならびに出版社の許可をいただきましたので、ここに転載いたします。

 

冷たい現実

ある本に「現在の企業では40才過ぎた技術者はいらない。」と書かれていた。これについてどのように感じるであろうか。「そんなはずはない。何かのまちがいではないか?」ととらえるのであろうか。それとも「技術者として夢を持っているのに水を差すようなことは言わないでほしい。」と非難の言葉を投げかけるのであろうか。しかし、これは現実なのである。

私が勤める化学会社においても40歳過ぎた現役の技術者はごく稀である。大部分は技術分野に残っているとしても管理的な仕事をしており、技術分野以外の業務を行っている人もかなり多い。私自身も例外ではない。38歳の時に技術者として現役を引退し、現在は知的財産部門で仕事をしている。それは、若手の技術者と比べ、発想の点でも粘り強さでも太刀打ちできないという冷たい現実があるからである。

この連載では、このように技術者にとって厳しい時代に、私自身どのように生き抜いてきたのか“実験レポート”として紹介し、悩める技術者が今後の生き方を考える上でのきっかけとしてもらえればと願っている。

初めて描いた夢

私が高専の3年生であったころ、学生会の活動を通して、他学科にいた5年生のKさんと知り合いになった。その当時Kさんは、卒業後大学に編入学するために試験勉強をしており、「専門技術者として生きていくためには高専だけでは不十分で、少なくとも大学院まで行く必要がある。」との明確な信念を持ち、それを実現するために自分の頭で考えて必要な準備を進めていた。私自身もそのころ、このまま卒業して会社に勤めることに夢が感じられず、物足りなさを感じていたときであったので、Kさんに刺激され、大学へ編入学する道を選ぶことにした。できれば大学院にも進み、将来は高専に教官として戻り、後輩の指導にあたりたいとも考え始めた。これが私が最初に描いた夢らしい夢であった。

しかしその当時は、高専から大学への編入学は制度化されておらず、大学で学生の欠員が出た場合に編入学試験を実施するという状況で、私が在籍した高専から編入学したのは、開校以来わずかに3人だけだった。したがって、挑戦したとしても受け入れてくれる大学は少なく、かといって途中で就職に転じるとしても正規の採用試験は終わっているので、その後の進路については方向性を見失ってしまうというリスクはつきまとっていた。しかし、いったん決めた以上は後戻りできないので、最善をつくす以外に方法はなかった。

編入学試験に関しては大学受験のように予備校はなかったので、まずは編入学を経験した先輩から情報を収集することから始めた。そして試験のためにどのような勉強をすれば良いのか、教科書選びや勉強の仕方について自分なりの計画を立てた。高専の卒業に必要な授業の単位もとらないといけないので、試験の準備は、限られた中でいかに効率よく勉強するのか工夫する必要があった。そして、試験準備を通して、学校から与えられたカリキュラムに従って勉強するのではなしに、ある目的を達成するために独自のカリキュラムを手作りで編み出し、自主的に勉強していくことの重要性に気づいた。

だが新たな挑戦に対する意欲に反し、現実の試験はきびしいものであった。 募集が数名のところに、全国の高専から編入学希望者が殺到するので、自分では比較的試験がよくできたと思っていても、競争相手は同じ高専生であるので、結果は合格発表をみるまではわからないという状況だった。結局、なかなか受からず、ようやく5校目で東京の大学に合格することができた。その通知を得たのは高専の卒業式の数日前であり、進路が決まった状態で卒業式に臨むことができたのは幸いであった。

夢の展開

1975年の4月から大学の3学年に編入学し、いよいよ大学生としての生活が始まった。 東京の郊外にあるこじんまりとした大学ではあったが、キャンパスに並んだケヤキの木は大学らしい雰囲気を醸し出していた。初めて接する大学の授業も新鮮な感じを受けた。当時の高専では選択科目はなく、すべての授業の単位を取る必要があったので、自分の興味で授業が選択できること自体にある種の豊かさを感じた。キャンパスには、工学部の学生だけでなく他の学部の学生もおり、高専からみると世界が広がったという印象を強く受けた。

「君たちは、高専からの編入学の第一期生となるので、当大学での君たちの活躍が今後の編入学生の評価につながってきます。来年度から高専からの推薦入学も考えていますので、ぜひよい成果を残すよう頑張っていただきたい。」とオリエンテーションの場で学科主任からの挨拶があった。このように、編入学生に対してかなり期待をかけてもらっていることがわかったので、各授業においてよい成績をとるべく努力をした記憶がある。

4学年からは、研究室に所属し卒業研究を始めた。研究室には指導教官の他に助手が一名おり、そのほかに大学院生が4名いた。卒業研究を進める上で、実験のやり方などについて先輩である大学院生が指導してくれたことは貴重な経験となった。高専では指導教官と5学年の学生だけで大学院生がいなかったので、先輩から指導を受けることができなかった。このように、大学に来て本当によかったと思うとともに、恵まれた環境で卒業研究のテーマを展開することができたので、指導教官からは「編入学生は非常に優秀である。」という評価を得ることができた。

卒業研究を行う一方で、大学院への進学の準備も進めた。大学に編入学する際にかなり試験勉強をしていたので、それらをもう一度復習する程度ですまし、弱点となっていた語学の勉強に力を入れた。大学院の受験は出身大学と難関大学の2校を目指した。難関大学への受験は、高専在学中には想像すらできないことだったので、受験するとしてもとても受からないとあきらめていた。

予想に反して、実際には両方の大学院から合格通知を得ることができた。しかも難関大学に合格したのは、出身大学の学科から2名だけであり、快挙といえるものであった。 指導教官からは是非知名度の高い大学院にいき、研究者としての経験を積むべきであると強く進められ、それに従うことにした。これにより高専の時に描いた夢の実現に向けて大きく一歩踏み出すことができた。

夢がやぶれる時

冒頭で述べたように、現在私は、ある化学会社の知的財産部門のマネ−ジャーとして働いている。これは何を意味するのか。最初描いた夢は、高専で後輩を指導している姿であった。そして、大学院への進学はその姿を実際に目に見える形にする上で順調な滑り出しといえるものであった。こうして進んだ大学院で研究成果を上げ、博士号を取れば、母校の高専の教官になることもそれ程難しい選択とも思えなかった。いったいどこで夢が破れてしまったのだろうか。

今までの私のキャリアを振り返ってみると、高専から大学への編入学はかなり際どい選択であったけれども、なんとかそれを乗り切り、無事大学に入学できたことは大きな成功体験であった。20才という若さも手伝ってか、明確な目標をもって努力すればたいていのことは実現できるのではないかという自信さえ芽生え始めていた。しかし、あるつまずきがきっかけとなり、自分が描いていた像とは異なる方向に滑り落ちてしまった。その時に落ちる痛みも味わった。そして、何とか初心を貫くために這い上がりの努力を続け、ようやく回復したと思ったら、また崖から突き落とされるというか、自ら落ちてしまうというか、ルートから外れ、また這い上がりの努力を続けている自分の姿がありありと浮かび上がってきた。

その過程で、キャリアというものはデザインしてもなかなか思い通りにならないということを骨身に感じた。しかし、決してそれが結論であると言いたいのではない。這い上がりのときには、あるべき姿をデザインし、それに向かって努力することも必要であった。そしてデザインとともに、救いの手を差し伸べてくれるメンター(助言者)の存在が、這い上がりを成功に導くために欠くことのできない条件であることも知った。

どのようにキャリアを表現するのか?

次回以降では、大学院に進学した後の私のキャリアについて述べていきたいと考えている。ただ、キャリアというものが、それぞれの局面で自分で判断し、選択を行っていく中で形成されるというきわめて属人的な側面を持つので、私自身のキャリアを表すときは、私がどのような状況に置かれ、その時にどのように感じ、そして這い上がるためにどのように行動し、結果としてどのようになったのかがわかるように具体的に記述するつもりである。

さらにキャリア形成において、人に話したくない嫌な想い出がつぎの行動を生む原因となっている場合が多かったので、これらをできるだけ正直に書くように努力したい。つまり、窮地に追い込まれ、這い上がろうとしている私自身を実験対象とみなし、その実験の実施者である私が、外からその実験対象がどのような行動を起こすのかを観察し、それに考察を加え、最終的にそれらを記述して行くという方法で私自身のキャリアを表現しようと試みる。これが表題において“実験レポート”というメタファーを使った理由である。

しかし工学実験と大きく異なる点は、実験対象が私自身であるということから、実験に失敗したときには私自身が痛みを感じることと、私の失敗について語ること自体に痛みを感じるということである。それではなぜそこまでしてこの実験レポートを書く必要があるのだろうか。それは、自分自身を知るということへの新たな旅への憧れであるのかもしれない。

 

技術者ライフには色々なことが起こる

出典:「現代化学」(東京化学同人)2005年4月号

百瀬隆さんのエンジニアキャリア全10回
その1 高専入学から大学編入まで
その2 大学院時代
その3 大学院卒業と就職
その4 就職と研究所出向
その5 米国留学への挑戦
その6 米国経営学大学院時代
その7 博士取得への挑戦
その8 転職
その9 管理系職種への転向
その10 まとめと振り返り

技術者キャリアプランの重要性

2020年3月8日エンジニアのキャリアデザイン

自分の40年にわたる技術者人生を振り返ってみると、なかなか思った通りにいかないものだという感慨があります。その「想定外」は必ずしも悪い方向だけでなく、良い意味での想定外もありました。しかし「どうせ思ったようにいかないのだから、計画を立てない」という考えは正しくありません。計画しないので行きあたりばったりでは、うまくいっているのか、ダメなのかの判断すらつかないからです。ダメならダメで、どこがどれくらいダメなのかが分からないと対策が決まりません。

まずは大きな計画をたてて、それに沿った小さなマイルストーンを設定し、やってみて合わないようなら修正する。それを何度も繰り返して、技術者として、人間としてのリスクに備え、大きな目標に近づくべく、都度の適切な判断を下す努力が大切です。

技術者の理想的キャリアを10歳刻みで分けると、ざっと次のようなところでしょうか。

  1. 20代:基礎的な専門知識と、仕事の進め方を習得
  2. 30代:チームリーダーとして事業計画に沿った技術テーマを設定し、チームをけん引する
  3. 40代:組織長として自ら事業テーマを設定、運営し、企業に利益をもたらす。
  4. 50代:経営幹部として技術戦略を設定し、将来的な成長路線を検討、準備するとともに、後進を指導する。
  5. 60代:自分の技術、考え方を社外にも展開すると同時に、後進に継承する

もちろん同じく製造企業に技術者として入社したとしても、30代以降の進路は様々です。生涯エンジニアを貫く人、管理職としてチームのアウトプットを高める人、そして色々な理由で会社から離れ自分の事業を創る人もいます。岐路に至る事情も千差万別ですし、本人の能力、希望も違いますから、どれかが正解というものではなく、その時点での最適な選択の積み重ねが現在の状態です。計画は大事ですが、状況は刻々と変わりますから計画に縛られてもいけないのです。

キャリアを考えようとする前に皆さんにお勧めするのは、自分の幸せの定義を今時点で設定することです。専門技術を極めて社外での評価も高く、社内で出世して高額報酬をもらい、家庭も大事にして健康で趣味も楽しむ。それができれば理想ではありますが、残念ながらすべての人は等しく限られた時間しか与えられていません。何かを犠牲にしなければいけない局面が必ずやってきます。やるべきことを選ぶのではなく、やらないことを決めるのは本当に難しいものですが、自分が最も幸福を感じる時を思い起こし、あまりぶれないように優先順位を決定する必要があるのです。

幸せを感じる時も年代とともに変わってきます。自分も若い頃は、趣味に没頭しているときが一番楽しかったのですが、技術士の受験準備を始めてからは、新たな知識との出会いが楽しくなり。現在はその知識や人脈を若者や他の人に教えて役立つことに生きがいを感じるようになりました。どれが正しいというものではありません。自分に正直で良いと思いますが、一般論で言えば他の人から感謝される時に、最も幸福感が高まると言われます。

先ほど1-5で示したような画にかいたようなキャリアを進む技術者はほんの一握りです。多くの人は意図せず、場合によっては自ら意図してそれとは違う道をたどります。それが自分の幸せの定義と合っていれば問題ないのですが、どうしても合わない場合はその会社から出ざるを得ないこともあるでしょう。転職、独立は、その決定が大きな意味を持ちます。その際はそこまでの経験、習得した知識を活かせる進路を選ぶべきでしょう。隣の芝生は青くきれいに見えるものですが、見た目の良い進路はそれを目指す人も多いものです。

自分のキャリア戦略を考えるに当たり、事業戦略策定ツールである「クロスSWOT分析」を自分個人に対して使ってみるのもお勧めです。自分の強み、弱みをできるだけ客観的に評価し、進もうとしている分野の機会と脅威に照らし合わせて、個人の進むべき方向、活動内容を設定するのです。これによって全く新たな戦略が出てこなかったとしても、今これをやるべき理由など、いくつかの発見があるはずです。

さあ初めの一歩を踏み出してみましょう。

書籍「10年後生き残る 理系の条件」竹内健著を読んで

2020年1月23日エンジニアのキャリアデザイン

「技術者」×「キャリア」でGoogle検索したところ、本書が検索順位第1位で表示されたため興味を持って購入してみました。

著者の竹内健氏は大学卒業後、フラッシュメモリーを発明した舛岡富士夫氏との仕事を志願して東芝に入社しましたが、実用化は苦難を極め20年の歳月を要しました。そしてようやく大規模な投資で東芝の稼ぎ頭になるという、まさにその絶頂期に東芝を退社し、大学教授に転身しました。

それまでの経緯から、大きな成果を上げても正当な評価が期待できずに、また狭い専門領域に留まることで事業が縮小した時のリスクを感じて、たまたま話があった大学研究職への転身を決意したのです。

本書はそんな著者が後進のエンジニアに送る、経験的な技術者キャリア論です。

全体を通じ、「近年の技術は変化が激しく、会社員キャリアを通じて一つの専門で通せることはない」という前提があります。私の企業時代30年を振り返っても、入社後20年は中身が変われど「光ディスク」という大きな括りで仕事していましたが、最後の5年はプラズマディスプレイを扱い、それも最後は消滅してしまいました。このような比較的製品ライフサイクルが長い時代にあってすら、成果を上げるには専門領域を極める必要があり、狭めるとその技術終焉と共に技術者キャリアが終わってしまうリスクが高まるという二律背反の状況に追い込まれます。

そこで筆者は第1章で、企業が要求する狭い専門性を深めると同時に、その応用や経営などを横方向に展開する、いわゆるT字型のスキル構築を勧めます。
ただし学生から入社初期にまずは専門領域を深め、その後で横方向に広げるという順番が大事とも説きます。歳を重ねてから専門を深めることが容易ではないからです。

専門分野で袋小路に追い詰められない方策として、筆者は第3章で技術者であっても「文系力」を身に付けようと語ります。ここでの文系力とは、経営力であったり、発信力、自己分析だったりします。技術力を磨くのは当たり前で、その上で前述のようにT字展開するわけです。筆者は実際に30代でスタンフォード大学に企業留学してMBAを取得し、企業研究の傍らで学会に論文を投稿して40前にして学位を取得しています。

これらの点では私も遅まきながら55歳でMOT、59歳にして学位を取りましたから、ちょっと似ているところがあります。いずれも良かったと思う反面、その効果を長く享受するためには、もう少し早く取っておけば良かったと思うものです。

後半の第5章で筆者は「エンジニア人生は逆張りでいこう」と提起します。これは会社の言いなりになっていることが、必ずしも良いキャリアを約束しないことを意味します。新しいことを始める時の次の三つのルールを紹介していて興味を引きます。

  1. 新たに挑戦したい分野の先駆者などに、広く聞いて回る
  2. やることを決めたら、周囲の人に宣言する
  3. チャンスが来たら、全力でやり遂げる

私もこれらをどこかで聞いたためか、起業志願者には近いことを次のように話しています。

  1. どうしたら良いか分からない時は、自分が尊敬している、あるいは理想に近い人と会って話してみる。
  2. あるものが欲しい、こうなりたいと思ったら、書いたり、人に話したりしていると、いつか実現する。
  3. チャンスは後で気づいても間に合わないので、早めに捕まえにいく。

企業内技術者は、考えなくても仕事が指示されるため、ある意味で楽です。そのため、自立して何をどうするか自由に決められる状況で、的確な判断をする訓練ができていません。いつ企業から離れても独力で判断できるように、30/40代から意識的に行動しておくことが、キャリアリスク防止に有効です。

本書には、他にも技術者が自らのキャリアを振り返り、将来を考えるためのヒントが満載です。企業内で専門技術習得に邁進し、ふと現状に疑問を感じた迷えるエンジニアさんに一読をおススメします。

エンジニアの資格1:技術士

2020年1月9日エンジニアのキャリアデザイン

技術士とは何か?

私は企業に30年間在籍していた当時、技術者としては比較的資格を多く持っていた方だと思います。といっても取り組み始めたのは45歳を過ぎるころからです。それまでは必要性も有効性も感じていませんでした。会社にもよるのでしょうが、私の前職で技術士、MBA/MOT、博士といった重めの(^^;)資格をひとつでも持っている人はほとんどいませんでした。技術者が2000人を超えるなかで、技術士は私一人だったのです。

有資格者しかできない業務がある弁理士や弁護士、会計士などを業務独占資格と呼ぶのに対応して、技術士や中小企業診断士は名称独占資格と呼ばれ、無資格者との差異は「相応の能力を持っている」と国家が認定していることだけです。

技術士がいることで公共事業の応札時に有利になるために、建設部門などでは業務独占ではないものの、多くの技術者が受験しますが、機械、電気、化学といったその他部門は、次のような目的で、技術者が受験するようです。

(1)技術者としての力試し
(2)独立コンサルタントとしての実力認証
(3)退職後の名刺肩書

現在技術士の英語訳は”Professional Engineer”です。2000年までは”Consulting Engineer”でしたが、技術士の8割以上が会社員や公務員という現実に合わせて解消されたものですから、必ずしも(2)のように独立する予定がなくても資格取得を目指すことは全く問題ありません。

 

技術者は技術士資格を取るべきか?

では技術者たるもの一体技術士資格を取るべきなんでしょうか?それは当然その技術者が何を目指しているかによります。

ただ食べるため、家族を養うために技術者という「職業」についているのであれば、苦労して資格を取得してもその労力にふさわしい見返りは必ずしも得られません。自分のケースでいえば、一次試験の準備に費やした時間は150時間、二次試験に350時間、総監受験に200時間といったところです。時給2000円なら合計140万円?(笑)報奨金も出なければ、給料も上がりませんでした。大赤字です。

それでも私は次の理由で、技術士資格取得を多くの技術者に勧めます。

(1)自己研鑽の習慣

技術士を目指すまでの自分は、居合流というか、必要最低限の知識は勉強するものの、それ以上に自分の能力を高める勉強はしませんでした。多くの技術者がそうではないかと思います。

技術士試験は当然何が出題されるか分からないので、必然的に網羅的な学習を強いられます。おかげで、それまで全く知らなかった分野の知識を獲得することができて非常に新鮮でした。実はこの時にまとめた内容は、のちに大学の非常勤講師をやることになった時、大いに役立ちました。受験対策の資料とそこで得られた知識がなかったら、私は講師を引き受けることができなかったでしょう。

また3年間毎日退社後に勉強していたことが習慣となり、合格後も勉強せざるを得ない観念が身につきました。その延長でMOT、博士課程に繋がっていったのです。知識だけでは成果が出ませんが、技術者として周りの人より知識があればそれだけ優位に立てることも事実です。

(2)技術士会の人的ネットワーク

技術士登録すると技術部会や専門部会などから多様なイベントの案内が届きます。地方であれば地方本部や県支部のイベントもあり、また技術士同士だけでなく業界団体や研究会との接点も増えて、社外技術者との交流が一気に増えます。企業内技術士である限り、その効用も限定的ですが、いずれ退職したあとはこれらの人脈が大いに役立つこととなります。

できれば学会や技術士会の委員か幹事を一つくらい引き受けて、ボランティア的に活動しておきましょう。私が技術士資格を取得したのは退職1年前でしたから、在職中はさほどネットワーキングできませんでした。もっと早くから交流を深めておけば良かったと思っています。

社内だけでも非常に多忙で、さらに家庭でも父親の役割もある中で、技術士受験の勉強に時間を割くことが容易ではないかもしれませんが、なんとか時間を捻出して挑戦してほしいものです。

技術士資格を取るべきではない技術者

そうは言っても、技術士に挑戦すべきではない(挑戦できない)技術者もいます。それは技術者ではありながらも、管理者から経営者へのステップを先頭で上っている人です。技術士はどちらかというと独力での技術能力を評価されます。管理職、経営者は、組織としての成果を求められるため、必ずしも技術力そのものを求められません。そういった人は技術士の受験勉強が役にたたないリスクが高まります。どちらかといえばMOT(技術経営)の勉強の方が、役に立つ可能性が高いでしょう。

もちろん経営者になっても時間的余裕がある技術者は受験しても構いませんし、そのような能力のある方ほど、力を入れれば合格の確率は高いとも予想されます。

参考になれば嬉しいです。

製造業教育関係者からの相談

2019年11月16日エンジニアのキャリアデザイン

先週技術教育に関心のある方々向けに「技術者を育てる現代版教育体系の作り方」というWebセミナーを企画したところ、40名もの応募があり終了後のアンケートでも予想を超える好評で恐縮しました。セミナーの中でも「技術者教育は他の企業内教育と比較して難しい」というお話をしましたが、それを実感している人が非常に多いことが改めて分かります。
さらに30分の教育相談を提示したところ、数社の方にご希望いただきました。
共通する課題がありそうでしたので、(当然ですが)実名は避けてポイントを紹介します。

小企業なので技術教育の仕組みが全くない

40名ほどの規模でしたので、当然しっかりした教育の仕組みが整っている企業はほとんどないと思われます。しかしそれで良いわけではなく、とにかく一歩目を踏み出すことが大事です。特に一人では心理的にもキツいので、初めに社長に声をかけて、最低二人の「技術教育委員会」を作ります。
次に第一回技術教育委員会では、社長にも入ってもらって「全社教育方針」を作ります。そんなに独自性がなくても良いでしょう。「当社は人材教育をもって競争力ある製品の設計および生産を実現する」とか、「当社の成長に人材の育成は必要不可欠であり、これに注力する」とか、ある意味当たり前の内容でも良いと思います。間違っても「すべてに優先して人材を教育する」など、実行できない方針を掲げると、かえってまずいことになります。
ついでに現実的な教育予算枠を設定しましょう。教育費は多いほど効果も上がるでしょうが、教育に時間をかけるほど通常業務時間が減るというジレンマがありますし、予算を掛けるにしても限度があります。上場企業+アルファの経理勘定科目で人的費用に占める教育費の比率は平均0.3%程度というデータがあります。人的費用に2億円払っている企業なら、60万円ということになります。中小企業でも何とか捻出できる金額ではないでしょうか?とにかく60万円を枠として社長から約束してもらい、これをいかに効果的に使うかを委員会で考えます。
委員会も隔月1時間で良いので、1年分の日程を決めてしまいましょう。年間6時間くらいなら何とかなります。何とかしましょう。そこでも無理な計画は立てずに、現状の整理から初めて、弱点を補強するか、強みを伸ばすか、PDCAを回しながら少しずつ進化させていきましょう。
とはいえ40名で60万円は、一流の講師を呼んだりするとあっというまに使い切ってしまいます。そこは通信教育、映像教材、Web講座などを組み込むことで大幅に費用を節減することが可能になります。まだまだ開発途上ですが、注目したいですね。

個人単位の設計業務で一体感がない

機械設計の受託会社ですが、個人単位の業務のため、発注元との関係が強くなって退社することも多いところが課題でした。退職を防ぐには、個人事業では実現できない何らかのメリットを提示する必要があります。例えば、前項の技術教育委員を募って、複数人で計画を立ててもらう、設計生産性向上プロジェクトを立ち上げてメンバー会議を定期的に実施するなどが考え付きます。
そして基礎的な設計法の教育しか実施していなかったようなので、最先端設計ツールや、設計している製造設備や最終製品など応用技術の先端講座教育も提案しました。こちらも有名講師を呼んだのでは費用がかさみますから、Webの活用は非常に効果的だと思います。

皆さんのお話を聞いて、技術者教育の必要性をひしひしと感じ、ここは私も頑張らねばと思いを新たにしました。

シュロモ・ベンハー著「企業内学習入門」を読んで

2019年11月13日エンジニアのキャリアデザイン

企業内の技術者教育に関する書籍を探していたら、「企業内学習入門」という本が見つかり、早速購入してみました。
国際競争力ランキングで有名なスイスのビジネススクールIMDのシュロモ・ベンハー教授の専門分野は、まさに企業内学習。この280ページ定価2700円(税別)の正統派ハードカバーがAmazonマーケットプレイスで送料込み524円で買えたのは感激モノです。

本書の構成は、企業内学習の手順そのものです。
まずは第1章で企業内学習戦略を考える。これは当然企業、事業の戦略と整合していなくてはいけません。「どう教育するか」の前に「何を教育すべきか」が決まっている必要があります。

第2章と3章でラーニング・ソリューションを選択、開発する。旧来の教育はオンジョブであれ、オフジョブであれ人から人へ直接伝えるものが大半でした。参考書を読むとか通信教育もありましたが、補助的な手段でした。十数年前にeラーニングが注目されましたが、IT環境が不十分で今一つ効果が評価されませんでした。しかしここ数年インターネット上の動画配信技術が急激に発達して、これを使うことで有効で安価な教育ツールが実用段階にきています。使うか否かの選択ではなく、「どう使うか」の時代といえます。

第4章では、学習する内容に対するリソース(講師)を考える。うまい講師が手近にいれば良いですが、必ずしもそんなに都合よく見つかりません。ここは外部の力もうまく使いたいところ。そうすることでIT利用がますます有効になります。

第5章で企業内学習の効果を評価する。(1)反応、(2)学習、(3)行動、(4)結果それぞれの段階で評価するというカートパトリックのモデルにそって議論され、受講後のアンケートは良く使われますが、「理解できた」と「効果的に使えた」は同等ではありません。いくつかの評価方法が提案されます。

第6章は企業内教育の位置づけを高めるためのブランディング。教育体系を構築しても、企業内での位置づけが低ければ、多忙な日常業務の後回しとなり、効果的なタイミングで教育が実施できません。また学習は、多分にメンタルな作業であり、意欲側面からの体制作りも重要です。

第7章では、企業内教育の組織体制を考える。教育で真に効果を発揮するためには、長期的な運用が不可欠であり、それには体系を組織化しておくことが不可欠です。教育委員会を効果的に機能させるための注意点が提示されます。

これら企業内教育の7つの要素が、バラバラではなく調和を取りながら粛々と実行されていくことで、組織は強くなります。さして斬新な提案はないものの、海外の研究者は実に体系化が上手です。技術者教育体系を考える上で、関係者は一読の価値があります。

技術者キャリアに関する講演抄録

2019年11月10日エンジニアのキャリアデザイン

昨日は久しぶりに仙台の母校で応用物理学科の同窓会に参加しました。
実は同窓会副会長を受けていたりしますが、忙しさを口実にほとんどそれらしい活動はできてませんでした。
今回講演講師公募ということでしたので、ものづくりドットコム認知度向上を兼ねて、講師に応募し、運良くお話する機会を得たものです。
ターゲットは企業内技術者やや若手としましたので、このブログの読者と完全に重なるため、こちらにも公開しておきたいと思います。ただし私のキャリアは工学部卒業生としてかなり傍流ですから、企業内技術者としては「こんな人もいる」程度に聞いておいてください。

結論は次の3つを挙げました。
1.人生思ったようにはいかない。思いもよらない不幸もあれば、奇跡のような幸運もおとずれる
2.想定外を楽しむ心の余裕がほしい
3.「人事を尽くして天命を待つ」行動しない人に幸運の女神はやってこない

私のキャリアを端的に表現するために、下記の人生グラフを表示しました。

私の人生グラフ

自分は比較的クールな性格なので、あまり感情の起伏は大きくないのですが、それでも気分が高揚する時もあるし、落ち込む時もあります。

ここ数か月は懸案だったM&Aが一段落し、同窓会でもお話しできる結構ハイな気分というわけです。しかしこのあとどんな事件が起こるかすべて予見することは不可能です。

そこで最後は次のようにまとめました。
1.人生何が起きるか分からないので、とにかく汎用的な能力を身につけておく。自己投資を厭わない。リターンが最大の投資は、自分の能力向上。
2.もし起業したらひたすら行動することで、幸運が舞い込む(かもしれない)

それとは別に、若い人向けに贈る言葉も用意したのですが、あまり若い聴講者がいなかったのでトバしてしまいました。折角書いたのでここに残しておきます。

1.必ずしも起業が良いわけではない。順調にキャリアが積めるなら大企業の方が大きな仕事ができる場合も多い
2.技術者は基本的に技術(ロジック)が好きだが、起業すると人間関係(非ロジック)の重要性が増す
3.そうはいっても不測の事態(リストラとか、上司との確執とか)へは備える必要あり
4.資格取得はないより合った方が良いものの、過度な期待は禁物
5.技術士会、学会、研究会、勉強会などを利用して社外ネットワークを広げておく
6.転職かコンサルか起業かは、経験と年代、環境、性格で変わる
7.いずれにせよ重要なものは、人のつながり、行動力、自分への投資

どうでしょうか?
またどこかで項目ごとに議論を展開していきたいと思います。

このサイトについて

2019年9月11日e-monodukuri.com

技術者は一種特有の生き物です。

高校時代にちょっと数学の成績が良かったとか、自宅にあったステレオとかプリンターとかビデオレコーダーとかのメカニカルなものに関心を持ってしまい、進学の時に工学部を選んでしまったがために、研究室で徹底的に技術思考が身についてしまい、あらゆる判断を論理的に実行しようとして、カミさん(あるいは恋人)にたしなめられることしばしば。

でも自分の専門技術では絶対に負けない自負がある。

そんな技術者が、自分の理想像に近づくためにどのように鍛えていくべきか、技術士で博士でMOTの大学教授でもあるマスターが思いつくままに綴っていきたいと思います。

機械、電気電子、情報、化学、金属などの分野にかかわらず技術専門性の確立・学習方法と考え方・資格取得のほか、働き方改革、現場・職場と家庭とのバランスなど、問題、課題が山積みな現代技術者のキャリア設計を考える情報をお届けします。

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デジタル化とコモディティ化(2013年度版 第1章第3節1(2,3))

2013年8月22日ものづくり白書を読み解く

2013年度版ものづくり白書第1章第3節1(2,3)では
デジタル化に伴う製品のコモディティ化が解説されています。

もう言い尽くされていますが、
技術がデジタル化すると製造の難度が下がり
低い労務費の新興国でも製造販売が可能となります。

そこで付加価値の高い、設計や意匠、ユーザビリティを先進国が担当し、
労務費の安い地域で大量に生産して
徹底的にコストを下げるという水平分業が広がりました。

他国で実現できない垂直統合型で一世を風靡した日本の家電メーカーは
ことごとくシェアを奪われる近年の状況です。

ここからは私の意見ですが、
何も日本が水平分業をやっていけない規則はありません。
ただ過去の成功体験のしがらみと
大きな組織の共通意識を急激に変えることが
難しいという事ではないでしょうか。

産業構造はここまで解析されているわけですから、
発想が少しずつ変わっていくと期待します。

その点で、組織が小さくフラットな企業ほど転換がし易いはずです。
新規技術は多様な技術屋が垂直統合して短期間で立ち上げ、
デジタル化で標準になった後は自社の利益を最大化する役割に徹する。
そんな企業が出てくるのではないでしょうか。

海外の文化を柔軟に取り込んで、
自国なりに消化(昇華)するのが得意な日本です。

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もの(製品)の概念の再整理(2013年度版 第1章第3節1)

2013年8月17日ものづくり白書を読み解く

2013年度版ものづくり白書第1章第3節1では、
もの(製品)の概念を再整理しています。

もともとメカの集合体であった自動車ですら
近年は機能の大半をソフトウェアで実現し、
さらにはメカの代表だったブレーキですら、
ソフトウェア(電子)制御になっています。

ましてや小型PCともいえるスマホでは、
ハードはいくつかのデバイスにとどまり、
それらを制御するソフトウェア(アプリ)によって
あらゆる機能が提供されます。

ここに至ると「もの」づくりの概念を再構成する必要が生じます。
「もの」が「物体」ではなく、機能、ベネフィットであるなら
サービスとの違いが曖昧になってきます。

これは改めるまでもなく近年よく言われていることではありますが、
旧来の設計ではまずメカを設計して、電子制御を設計し、
最後のステップでソフトウェアで何とかする(?)
という手順が多いようです。
技術者の序列もこの順でソフトエンジニアは
最下級(?)とか以前は卑下していました。

最近はどうでしょう?
それともあれは私が勤めていた会社だけの話だったでしょうか?

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